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ISHIGAKI-CITY, OKINAWA, Japan
It became four Okinawa prefecture living half a century (25 years) by coming from Miyagi Prefecture. The living still gets impression from the charm of the island in this Ishigakijima though passed 15 years. 【宮城県出身で沖縄県内在住四半世紀(25年)となりました。この石垣島では在住15年が経ちましたが、まだまだ島の魅力に感動をもらっております。 現在は個人事業主となり、とっても自由奔放的環境に身をゆだねております。 石垣島の魅力をご紹介できれば幸いです。】

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10.02.2010

Singer of Ishigaki-Island (by Yuko Narisoko)

石垣島出身の歌手、Yuko Narisokoさん。



石垣島出身の歌手、Yuko Narisokoさん。
隠れた実力派シンガーといった雰囲気がひしひしと伝わってくる成底ゆう子さん。今後の活躍が楽しみです。

Yuko Narisoko」さん!!
石垣島にある宮良(みやら)地区出身で
あり、実力派美人女性ミュージシャン



2005年12月から開始されたインディーズの無料配信サイト
「mF247」で、30週以上連続トップ10入りを果たし
現在はプロとしてデビューをしました。

そんな彼女の歌で、僕が好きなものは
「真っ赤なデイゴの咲く小径」です。

彼女は音大を卒業していますが、
学生の頃、親からの仕送りのお金を
交友費等に使っていました。

夏休み期間中実家のある石垣島へ帰省し、
彼女にとっていつも通りの帰省中の日々を
おくっていました。
しかし、帰省最終日本土へ戻るため空港へ
行き転機が訪れました。

畑仕事のため見送りに遅れた父が
彼女に手渡したのは、土のついたお金でした。

旅立つ娘へ泣きながら手を振る母からの
言葉は「体だけは大事にしなさい」

土がついたお金を握り締め
彼女の脳裏には母からの言葉が
駆け巡り、目から涙がこぼれた。

親の苦労を知らず、今まで無意識にお金を
使った自分への自己嫌悪。
いつも心配してくれる親の存在。

ひと夏の出来事が彼女にとって
大きな転機となりました。

以後、親への想いを曲にのせ歌ったのが
「真っ赤なデイゴの咲く小径」
なのです。

僕は高校進学から親元を離れ
本土の学校で寮生活をしました。
月に1度、母がポークやテレフォンカ-ド
を詰め合わせた小包を送ってくれました。

学校のこと寮生活のこと部活のこと
で精神的に疲れていた時、
小包の中に入っていた母からの手紙
を読みながら肩を震わせ涙を流しました。

この歌を聴いて、辛かった青春の頃
母の温かさを思い出します。

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