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ISHIGAKI-CITY, OKINAWA, Japan
It became four Okinawa prefecture living half a century (25 years) by coming from Miyagi Prefecture. The living still gets impression from the charm of the island in this Ishigakijima though passed 15 years. 【宮城県出身で沖縄県内在住四半世紀(25年)となりました。この石垣島では在住15年が経ちましたが、まだまだ島の魅力に感動をもらっております。 現在は個人事業主となり、とっても自由奔放的環境に身をゆだねております。 石垣島の魅力をご紹介できれば幸いです。】

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10.18.2010

Connects Wish Festival in Kohama-Island

&affid小浜島Kohama-Islandの結願祭は、旧暦8月の戊亥のスクミから始まり、翌日の己子のショーニチには、舞台で数多くの芸能が神へ奉納されます。

島の年中行事の中で豊年祭と並ぶ大きな祭りで、人々は祭りに参加することで、心をひとつにしているのです。

結願祭を含むKohama-Islandの芸能は平成6年12月に文化庁から国の「重要無形文化財」に選抜され、島では奉納芸能伝承に積極的に取り組んでいます。



結願祭とは一年間の豊作、息災などの祈願が成就したことの感謝と祝いの祭りとされています。豊年祭(十五夜踊)は、沖縄本島から八重山地方に至るまで広く行われていますが、結願祭は八重山地方で行われているだけで本島地域では行われていません。小浜島Kohama-Islandの結願祭は国指定重要無形民俗文化財であり、祭り期間中は人口600人程度の小さな島も里帰りした大勢の人々で賑わいます。なお、他の祭事芸能も同様ではありますが、小浜島Kohama-Island・結願祭の奉納芸は午前中から夕方まで演目が切れ目なく続くほど多いため、このブログではその一部だけの紹介にとどめてあります。






集落の外れにある嘉保根御獄(かふにおん)の庭に設営されたこじんまりした舞台(バンク)で北集落と南集落による奉納芸が切れ目なく次々と披露されます。また、舞台の上には大きな天幕が張られていて、奉納芸の最中は正装姿の島の長老たちが舞台をぐるりと囲むように座ります。

画像は北集落のミルク様を迎えて演じられる「マミドーマ」、八重山地方を代表する農民踊りの一つで、鎌や鍬などの農具を手にかいがいしく働く女性を讃える踊りだとされています。小浜島Kohama-Islandのマミドーマの歌詞は「サー マミドマーヨー マミドマー ミーヤラビ(美童)ヌー ミーヤラビ(美童) ウーヤキー ユナボーレー」であり、竹富島のマミドーマとは歌詞も出だしも異なっています。








小浜島Kohama-Islandを代表する舞踊・小浜節(くもーぶし)、八重山地方の正装であるスディナ・カカン姿に四つ竹を持ち、重厚な小浜節「くもまてぃるすぃまや かふぬすぃまやりば(小浜島Kohama-Islandは果報の島である)」に合わせてゆったりと踊ります。








八重山地方を代表する女踊りの一つ「芋引(ぶーびち)」、芋麻(ちょま)の皮を採取して織物の原料となる糸を紡ぎ出す様子を踊ります。芋麻の糸で織られた風通しがよく涼しげな八重山上布琉球王府への上納品でもありました。










演目名はわかりませんが、農夫と牛が登場し、農夫が八重山地方の農耕歌であるジラバを唄いながら牛に引かせた鋤で田を耕す様子を演じます。舞台を囲んだ長老たちが農夫の唄にあわせて「エーユーイーヤーサァー」と唱和する囃子が会場にこだまして、その美しい調べと相まってトゥバラーマの叙情詩的な風情のある趣を醸し出しています。








小浜島Kohama-Island・結願祭にのみ伝わっている「ダートゥーダー」、長い間途絶えていたため幻の演目となっていたところ、数年前に一度だけ演じられて後、再び踊り手不在で中断されていた貴重な演目です。不思議なお面と装束、棒を手に登場し、屈んだり飛び跳ねたりと見慣れぬ動作を繰り返しますが、極めつけは画像のようにまるで組み体操の体勢のまま互いに指さすしぐさで終了します。いわゆる南ぬ島(ふぇーぬしま)系統の踊りであるとされているものの、詳細が不明で今後の研究が待たれる演目です。


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