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ISHIGAKI-CITY, OKINAWA, Japan
It became four Okinawa prefecture living half a century (25 years) by coming from Miyagi Prefecture. The living still gets impression from the charm of the island in this Ishigakijima though passed 15 years. 【宮城県出身で沖縄県内在住四半世紀(25年)となりました。この石垣島では在住15年が経ちましたが、まだまだ島の魅力に感動をもらっております。 現在は個人事業主となり、とっても自由奔放的環境に身をゆだねております。 石垣島の魅力をご紹介できれば幸いです。】

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9.15.2010

石垣空港の生い立ち

現在のJTAの前身「南西航空」の機種




現在の石垣空港は、戦後、米軍統治下に置かれていましたが、昭和31年から民間の航空会社による運航が始まりました。昭和43年にはそれまでの1200mから1500mに滑走路が拡張され、YS-11型機の運航が始まりました。

昭和47年、日本復帰と同時に石垣市管理から沖縄県の管理に移行し、昭和48年に第三種空港として指定されました。

日本の航空法に適合させるため、滑走路の拡幅、着陸帯等の施設整備を行い、昭和50年にYS-11型機対象の第3種空港として新たに供用を開始しました。乗降客数は増加の一途をたどり、昭和50年にはジェット化の目安と言われている30万人を超えました。将来の航空機需要を考えると、YS-11型機では輸送能力に限界があるため、ジェット化空港の建設が課題となり、検討が始まりました。

しかし、ジェット化対応の新空港建設までには長い年月を要することから、航空機騒音は悪化するが新空港建設までの間ということで、空港周辺地元住民の了解のもと、昭和54年、暫定ジェット化空港(滑走路1500m)として供用を開始し、現在に至っています。



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